人形劇団ポポロ  

「鬼ひめ哀話」メインキャストの2人に作品について話を聞きました。

(作品内容のネタばれを含みますので、ご注意くださいね)

 

初演の頃のことを教えていただけますか。

小林

初演の頃は23、4歳だったと思います。「主役で、姫で」ということで舞い上がっちゃって。演技では「鬼の狂気」と「可愛い姫」をコロコロ変えていくというか二面性を出したいと思ってやってました。あと、公演が終わった後に声が潰れてないと真剣にやってなかった気がして、ポリープが出来てしまったり、本番前に音楽を聞いて集中してみたり・・・。今考えてみるとカッコつけてましたね(笑)。 気合だけ十分で、出し切れたら成功、みたいな感じでした。

山根

最初の鬼切峠のところの声を録音した時にね、由美ちゃんは初めての主役で、しかも「鬼」なので、 この子で大丈夫かなあという心配もあったんですよ。 荷がきついんじゃないかという声もあって。 でもやってみたら、最初は可愛い声で「いいですか?」なんて言ってたのが一転して「きえろや・・・」という鬼の声が聞こえてきて。ダメだったら録音分は僕がやろうかと思ってたんだけど、もう本当にバッチリだったんだよね。念がこもったすごい声でね。一気に安心したんだよね。

あれって、劇団に入ってすぐだったんだっけ?

小林

2、3年目だったと思うけど。

山根

それまで可愛い感じの子だったのが、この役で本性を出したって感じだったね。

演出と演者を兼ねるということ

山根

これまでもずっとそうやってたから、「鬼ひめ」だから特にということはないですね。

背中から見ていても演出はできると思ってやってるんだよね。 オモテから見てないと演出家じゃない、なんていう意見もあるんだけど、僕は背中から見るからできると演出もあると思ってて。

特に人形劇の場合は、後ろからだと人形を操るのが全部見えるから、タイミングが違ってるとか、そこが引っかかってるとか、出方がそうだから芝居がつまずいたままだとか、そういうことが見えるのはいいところですね。 中のこととオモテのことを同時に見ながら渾然一体と進めていくという点では両方やっているのは悪くないなと思っているんですよね。

由美ちゃんは、オモテから観て演出して欲しいとかある?

小林

いままでずっとそうだから、特に違和感はないけど。

山根

10年前の再演のときは、さねとう先生に演出をお願いしたのでオモテから見てもらって。僕は割と楽だったんだよね。

小林

私は、いつも演出している山根さんが、さねとう先生に注意されてるのが妙に嬉しくて(笑)。さねとう先生は鬼の変幻というか、怖さにこだわってらして、山根さんがダメ出しされてましたよね。

変わったこと、変わらないこと。

山根

例えば姫は由美ちゃんが20歳代の頃は、張る芝居が多くて声を潰すことが多かった。 そういうことが年齢を重ねていくとともにうまく調節する能力が生まれてきているよね。

僕の方は団右エ門という底知れない役なんだけれど、膝が痛かったり、腰がいたかったりする年になってきたので、坂道を上るシーンでみんなに心配をかけたりもするわけです。でも、年齢が行った分だけ広がる表現力もあってね。 今回は特に低い音を出すことに気をつけています。

邦楽の仲林先生の地唄の発声などを少しずつ盗んだり・・・。西洋的な発声じゃなくて、邦楽的な発声法をね。 尺八を使って腹筋を鍛えるとお腹から声が出ると聞いて、やってみたり。丹田にパワーをためるというかね。 声を張らないでお腹を使って、持続的に声を出すということをやってみてる。 そんな風に努力をしながら、枯れてしまわないようにね(笑)。 団右エ門は底知れない業を秘めた男じゃないとつまらないと思うから。

役に対する解釈は変わりましたか?

小林

私は変わりましたね。これまでは「哀話」の部分はあまり意識してなくて「どれだけ狂気じみてるか、鬼になるか」ということを意識してたんだけど、今回は「哀話」にしたいと思ってますね。哀しい話を目指したいなと思ってます。

山根

僕は特にどう変わった、ということはないんだけど、団右衛門はただの強面ではないんですよね。団右衛門のキャパシティをお客さまが感じてくれれば説得力も生まれる。 団右衛門が桜姫をじじばばのところに連れていった気持ちも、初演は単純に「桜姫を鬼にしてやろう」という感じだった気がするんだけど、再演の時には「鬼にしてやろう」と「親切心」のどちらにも取れるように変わってきてたりしてる。 誰しもどっちにも転ぶ可能性がある、というか、決めかねるような気持ちかなあ。

小林

姫は人を殺しちゃったわけだから、何かにすがりたいという気持ちがあって。だから団右エ門に再会したとき、鬼かもしれないのにすがる気持ちになるってコトじゃないのかなあと思います。何も頼るものが無い時に知ってる顔に再会してホッとする、みたいな感じ。

さねとう先生がひと筆入れたセリフ

山根

さねとう先生がひと筆入れたのが一番最後のセリフで「お前さまに最初にあったときは甘い天女の香りがしたが・・・」ってところなんだけど、あれは僕には全然なかった思いだったんだよね。

ああ、そういう風に思ってたのかと先生が書き直されてまたひとつ見方が変わったんだよね。

ある意味、迷わされたとも言えるし。

僕は、さねとう先生がにんまり笑って「(鬼ひめが)永遠の女人像なんだ」とおっしゃったのをいまだに探してるんですよね。

原点に戻るということ

山根

気持ちが変わる訳じゃ無いんだけど、初演の会場に戻って、最初にこの作品をやりたかったっていう気持ちを呼び起こそう、つかまえ直そうと思っています。再演をするうちに、技巧的に積み重なってきたものを振り払って、最初に作品に接した時の気持ちに戻って・・・というつもり。

最初にこの「鬼ひめ哀話」の脚本を書いたときに、なぜか邦楽が浮かんできたんですよ。で、これだと思って、音楽の大倉ただしさんに相談した。すると「子ども向けとか考えたくないんだけど」と言われて「ぜひそうしてください」と答えて。演奏には、いい師匠がいるからと紹介してくださったのが仲林さん。それが今に至るまで続いてるんだから、すごい縁ですよね。 そういった初演の時の感じをもう一度見つけ出したいなあと。

できあがった脚本・芝居に向きあうんじゃなくて、新しい気持ちで初演の時のような発見がしたいと思っています。

東京藝術劇場やルネ小平みたいな大きい会場だと「魅せきる」ことが主眼になったんだけど、今回のような小さい会場ではお客さまがすぐそこにいるわけだから、お客さまの中に飛び込むっていう感じになりますね。

小林

私は自分の好きに細かい動きができるかなとは思ってますね。 大きい会場だと、見てる人が飽きるかなと思って、小さな手の動きより場所を大きく動くことを心掛けてました。

でも今回は首をかしげるとか細かな動きも見てもらえると思うので、演技は変わりますね。

山根

これまでは、最初の鬼女が動きすぎていたと思っていて。

今回は和の世界というか、能と同じで、ギューッと凝縮された感じでいきたいと思ってます。 そういう演技が届く距離なのでね。ディテールをきちんと描いていきたいなと。そのあたりがこの前と違う所ですね。

小林

あと、これまでの「かわいい」と「鬼」に今回は「哀しい」を入れたいと思ってます。 今までは「姫がわがままだからこんなコトになっちゃったんだよ」って見えてしまうところがあったと思うんだけど、そうじゃなくて「そんな状況になったら誰でも人を殺してしまうかもしれないよ」って、あまりわがまま姫にみせないようにしたいなって思ってます。

「姫はわがままだから鬼になってしまっても自業自得。わがままはいけないんですね。」みたいな感想があるんですが、そうじゃないよって言いたい部分があって。

山根

僕は技巧的に変えるのがうまくないし、カタチを決める演出はどうも苦手なので、舞台上でお客さまの反応次第で変わっていく面白さを大切にしたいと思ってるんだよね。

「ほんまのところ」なんかおとなの芝居なんだけど、子どもが笑うと大人がドッと笑って場がワッとできあがる・・・。そんな感じを大事にしたい。

小林

桜姫は結構カタチから入るんですよね(笑)。ここ行ってこうして、こっちに戻って・・・みたいな。鬼と姫の演じ方については、動きもちょっと変わるけど、やっぱり変えるのは声かなあ。

あと今までまじめにやり過ぎてたなと思うところもあって。今回は明るいところは明るく、笑いが起こるくらいにしちゃってもいいのかな、と思っています。

ポポロにとって「宝」といえる作品だから

山根

初演から26年というと長いと思われそうだけど、公演回数はそんなに多くないからね。何回もやってるんだけど、その都度初演状態というか、公演の度に新たな気持ちでやってるという感じなんですよね。姫と団右衛門は、ずっと同じキャストだけど、他のキャストは変わっていくしね。

節目には必ずやりたいポポロにとって大事な演目なんですよね。

他の演目で全国を回っていても、「鬼ひめ哀話」を見た人から「もう一度観たい」と言われることが本当に多い作品なんですよ。ポポロにとって本当に大事な『宝』の作品ですね。

地方公演だと長崎が最初だったんだけど、高校生の子たちがじっと見入ってくれて、客席から息がヒタヒタと迫って来て身震いするような感じが印象的でしたね。

今回は邦楽とセリフの絡みが増えてる

小林

邦楽の仲林先生たちも演技を見ないとわからないからということで、練習から参加していただいているんです。スゴイ贅沢ですよね。

今回は台本で邦楽とセリフの絡みが増えて、私の動きで仲林先生がビーンと三味線を弾いて・・・みたいな所があって、地唄を聞くだけで涙が出てくるくらいスゴイんですよ。

山根

邦楽の方たちも再演を重ねることで色々な解釈が生まれているのかもしれないよね。

小林

そうなんですよね。今日も練習中に邦楽の方たちのやりとりが聞こえてきたんです。仲林先生が「ここはもっと暖かい感じの太鼓の音にして」と言われたのを吉口さんが「いや、最初は怖いイメージでだんだん暖かくなるんじゃないの」なんて話し合われてて、「わあ、ステキだなあ」と思ったんですよね。

さねとう先生の演出を想い出しながら

小林

私は、さねとう先生には怒られた記憶があまりないんですよね。

山根

僕については、付け足すことが多かったんですよね。手紙をもらったりして。 演出としてだと思うんだけど、起伏がもっと激しいものを望まれてたのかもしれないなと思いますね。「人形劇なんだからもっとできるだろう」ってことだったのかなあ。 でも、今回の公演ではそれに逆らって(笑)、起伏をあまり多く付けない、というか削り取っていくつもりなんです。シンプルに、原点に戻る感じで演出してるんですよ。追悼公演なのにね(笑)。